日本という独裁国家/【書評】『独裁者の教養』
中国の掲示板を2ちゃんねる風に翻訳するというブログをやっておられる安田峰俊さんの著書です。
独裁者と呼ばれる世界史上の登場人物8人の若いころをまとめた伝記的パートと、中国とミャンマーの国境にあるミニ独裁政権「ワ州特区」への潜入記パート、そして日本(!)と大きく分けて3部構成になっています。
独裁者パートでは、それぞれの独裁政権ができるまでの過程が上手くまとめられていると思います。
一口に独裁と言っても、それぞれに異なる背景を持つし、必ずしも住民が不幸になるわけでもありません。
本書では独立して取り上げられていませんが、ベトナムのホー・チ・ミンやキューバのカストロなど、英雄視されている独裁者もいます。
また、トルクメニスタンのニヤゾフやイラクのフセインなどが豊富な資源から得られる収益を国民に分配するシステムを作りあげたことで独裁者としての地位を確保したことから、
場合によっては独裁とはアメとムチの使い分けであることがわかります。
独裁者というと恐怖政治の側面ばかりが注目されがちですが、独裁者が独裁者となれるにはそれ相応の理由があるものです。
ワ州密航記は、非現実的な体験記がまるで村上春樹の小説を読んでいるような気分になりました。
密航記の最後で筆者がワ州の独裁者・鮑有祥の是非について現地の人に尋ねたときの返答が印象的です。
「どこの国でも、そんなに変わらないはずだと思うんだけど」(256ページ)
民主主義という考え方が自明のものではないということを改めて確認させられます。
さて、しかし最後の日本について述べたパートではかなり論理が飛躍してしまった印象です。
筆者は日本のことを、「空気」に支配された「世界でもっとも発達した独裁体制の国」(314ページ)だといいます。
福島原発事故のあとに筆者の友人が独自に測定した放射線量が異常な値を示すことを行政にかけあっても無視されたこと、
そして代替手段としてYouTubeに投稿しても「不謹慎だ」などと否定的なコメントばかりがついたことを例に挙げ、
日本人は自発的に空気を読んで統制状態を作り出すと指摘します。
また、プライドだけが高く、外部の権威を盾に威張り散らすという、魯迅の小説『阿Q正伝』の主人公・阿Qを引き合いに出し、
日本人は「場の空気」という権威を盾に他人へ同調圧力をかける阿Qであり、世界史上最悪の独裁者なのだと喝破します。
しかし、この結論はやや勇み足なのではないでしょうか。
元来硬直的な組織である行政が、たとえ普段から行政とのかかわりが深い人間の話であっても、有事に際しては相手にしないというのは特に不思議な話ではありません。
また、インターネットの世界においては雪崩を打ったかのように意見が偏るように見える現象(サイバーカスケードと言われたりします)が起こりやすいことで知られています。
福島は危険だと言ってはいけないという空気が醸成されたから動画に否定的なコメントばかりがついたのだ、と言い切るには早計だと思います。
筆者がことさらに嫌う阿Q的行動様式にしても、多かれ少なかれ全ての人間が持つものだと思います。
実はアメリカの企業では日本以上に上司に気にいられることが大事で、apple-polishment(リンゴを磨く=ごまをする)として上司をホームパーティに招く、などという話はよく聞きます。
権威を持つ人間に気にいられようとするアメリカ人の行動様式だってまさに阿Qです。
むしろ阿Q的行動様式をとらない人間を探す方が難しい気がします。
日本では場の空気が重視されているのは確かですが、空気が日本全体を支配していると言い切るには無理があると感じます。
空気が場を支配するというのは、個々の小さなコミュニティで限定された話なのではないでしょうか。
むしろ日本の問題は、独裁政権がなかったにもかかわらず、1955年以来長期にわたって自民党が与党の座を占め続けた、いわゆる55年体制によって、
独裁政権があったのと似たような害が生まれたことだと思います。
政財官の鉄のトライアングルと呼ばれる癒着や、世界的にも稀な記者クラブ制度などです。
地方選挙において、与野党相乗りの出来レースのような選挙が続いたことで、住民が政治的に無関心に陥ったことも害の1つです。
55年体制が、高度経済成長を背景に安定した体制を維持していたことも、一部の独裁政権に似ています。
社会主義が過度に理想的な考え方だとするならば、民主主義も同様に過度な理想を持つ制度だということができるかと思います。
結局のところ一国の制度は、どの程度民主主義的な要素を重視し、どの程度社会主義的=独裁的な要素を入れるかというバランスの問題です。
55年体制が残した、既得権益という負の遺産を打破する独裁者的な指導者の誕生を望むのは1つの選択肢です。
例えば大阪市長のような。
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