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2012年2月26日 (日)

【書評】海賊の経済学

海賊と聞くと、現在ソマリア沖あたりで猛威をふるっている荒くれ者集団か、そうでなければワンピースとかピーターパンとかパイレーツ・オブ・カリビアンみたいなファンタジーを想起しがちだと思います。
が、本書が扱っているのは、歴とした海賊、つまり17、18世紀あたりに欧米で活動していた「正統な」海賊です。
一般的なイメージでは、彼らは狂人で、独裁的な船長の下で、苛烈な拷問や強制労働も辞さない恐ろしい存在でしょう。
そして、そのイメージはある部分では正しい。
しかし、経済学のフィルターを通すと、彼らの見え方はまた違ったものになります。
本書は、難しい数式を使わずに、合理的に彼らの行動を解説している点が面白いです。

例えば、彼らは裏社会の存在なんだから目立たないように活動するのが筋なのに、なぜド派手なドクロの旗を掲げているのか、を説明した章はそれなりに面白いです。
しかし、本書のメインは、なぜ同時代の商船と比べて船員の労働環境はよかったのか、なぜ(人種差別がいまより激しい時代だったにもかかわらず)黒人船員も他の船員と平等に扱ったのか、などを解説した章でしょう。
要約してしまえば簡単な話で、船員を不当な待遇で働かせるよりは、彼らが納得できる形で働いてもらった方が種々のリスクやコストが抑えられるから、だそうです。
つまり、彼らが己の利潤を最大化する方法をとった結果、みんなが幸せになったというわけです。
アダム・スミスの「神の見えざる手」ならぬ、「海賊の見えざるフック」です。

そもそも彼らはイリーガルな存在です。
であるからして、常に政府当局に訴えられるリスクを抱えています。
不当に働かされた船員が反乱でも起こしたらたまったものではありません。
訴えられるまではいかなくても、強制徴用された船員が商船の掠奪に際して上手く手を抜けば、海賊団全体の稼ぎに影響があります。
一方、商船は船の往き来さえできれば儲けになりますし、海に出てしまえば政府の監督もありません。
そのため、船員の虐待を禁じる法律があったにもかかわらず、商船の船長は船員に好き放題できたわけです。
「海賊の規制は、私的に作られ自発的に採用されたが、私的で自発的だったが故に成功した」(235ページ)のですね。

さて、このようなマネジメントに関する話、現代でも通用するのではないでしょうか。
17世紀の商船並みに過酷な労働環境下で社員を働かせている会社はいくらでもありますし、もっと大きな視点で見れば、国民の様々な権利を奪うことで社会の安定を保っている国があります。
もし経営者や指導者が利潤を追求しさえすれば、見えざるフックに導かれてみんなが幸せになるのであれば、これらの企業や国家は早晩に潰れるはずです。
しかし、潰れるどころか、いつまで経ってもなくならないように思えます。
それはなぜなら経済学の理論が間違っているからだ、というよりは、他の要因があるからだ、と考えた方がよいように思います。
例えば、統治主体が国家の場合には、いくら国民に対して圧政を敷いても、国民は簡単に国を離れるわけにはいかないというのっぴきならない事情があります。
ブラックな会社に努める会社員の場合は、辛ければ辞める、という選択肢はあるのですが、往々にしてそのような会社の管理職は「簡単にあきらめる人間はクズだ」と人間性を否定することでその選択肢を奪おうとします。
ワタミの会長は常々「社員の幸せが第一」と言っていますし、おそらく本気です。
それでも自殺という選択を以て会社による支配からの離脱を選ぶ社員が現れてしまったというのは、簡単に辞められない環境にあったからではないかと推測します。
このあたりに、組織全体の利潤追究と、結果としての成員の幸せという単純なシナリオ通りにことが運ばない難しさがあります。

ところで訳者の山形浩生さんは、あとがきで次のような注意書きをしています。

本書で描かれる、自由、平等、非暴力といった海賊の特徴は、すべての海賊についてあてはまるものとは思わない方がいい。むしろ、なかにはそういう先進的な制度を実現していたやつらもいる、という程度に思っておいたほうがいい。(276ページ)

あるいは、組織の長期的な利潤を考えたら成員が幸せである方がよいと知っていても(あるいは知らないで)、短期的な利潤を求めて独裁的な環境を作ってしまうものだ、という単純な話なのかもしれません。

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