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2015年9月 6日 (日)

諸葛亮の末裔が暮らす村 諸葛八卦村観光記

最近、ようやく横山三国志を読んだ。
初三国志である。
そうすると今度は史跡巡りなどしてみたくなるものであるが、残念ながら上海周辺は三国志との縁は薄い。
そういうのは南京くらいまで出なきゃだめかな……と思っていると、上海のお隣・浙江省に、諸葛亮の末裔が集まって建てた村があるというのを知った。
これは行かねばなるまい。


その村は「諸葛八卦村」という。
諸葛八卦村は浙江省の蘭渓市というところにある。
上海火車駅から杭州駅まで高速鉄道で2時間、路線バスで杭州汽車南駅まで移動し、蘭渓行きの高速バスに揺られて2時間30分、蘭渓汽車西駅からさらに路線バスに乗り換えて20分という旅程で諸葛八卦村に着いた。
決してアクセスがいいとはいえないものの、行くのはそう大変でもないので、日本人の観光ブログも多く見つかる。
杭州からなら充分日帰り圏内である。

村の入り口。
後から知ったところによると入口はいくつかあるみたいだが、今回はバスから見えたこの入口から入ることに。
Wp_20150903_15_20_20_pro_2

道中、こんな感じの風景が続いて、諸葛八卦村などないのでは、ととても不安になる。
道は舗装されているし、車も通っているので間違ってはいないのだろう、と自分に言い聞かせながら5分ほど歩くと、観光地然としたチケット売り場が見えてきた。

Wp_20150903_15_28_22_pro

これはこれで不安である。
もしや諸葛八卦村とは太秦映画村や明治村みたいな作り物のテーマパークなのでは、という思いが頭をよぎる。
ともあれここで引き返すわけにもいかないので、100元のチケット代を払って入場する。
入場料100元と考えると高く感じるが、10ほどある村内の展示施設すべてへの入場券を兼ねているので、こんなものなのかもしれないと後にして思う。

入場ゲートを通ってしばらくは、やはり観光地感の拭い去れないお土産物屋が並んでいるが、ここを抜けると池が見えてきた。

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ブログで見た風景の登場にようやくひと安心である。

さて、ここで村の地図を。

Wp_20150903_15_37_08_pro

村は太極図を模した鐘池を中心に、放射状に道が伸びている。
村を建てた人々が風水的な理由に基づいて意図的にこのような構造にしたらしい。
この地図を見ると、道が非常にわかりやすいように見えるのであるが……。

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実際にはこのような狭くて曲がりくねった路地を何度も通るので、方向がまったくわからなくなる。

Wp_20150903_16_08_00_pro ↑路地マニア垂涎の場面がこの村にはたくさんある
Wp_20150903_16_47_38_pro ↑起伏も結構激しい


この防御に優れた構造と隠匿性のある立地のため、第二次世界大戦中に近くを日本軍が通りかかったが村は見つからなかったとか、国共内戦中に近くで戦闘が起きたが村内には銃弾ひとつ飛んでこなかったといった逸話が百度百科には載っている。
信憑性のほどは不明だが、明・清代の建物が文化革命を経て残っており、村全体が往時の雰囲気を保っているであろうことを考えると、説得力はある。

Wp_20150903_15_57_11_pro ↑八卦陣の中心、鐘池

鐘池は一段低くなった陸地と水の部分で太極図のようになっている。
ということになっているのだが、実際にはきれいな円形でないこともあり、言われてみれば……くらいの感覚である。

村内にはいたるところに「諸葛亮第○代末裔」などという表記を見ることができ、村のいわれを証明していると同時に適度に胡散臭い。

Wp_20150903_15_40_33_pro ↑諸葛亮50代目末裔の料理店
Wp_20150903_16_00_55_pro ↑51代目が描いたという諸葛亮の肖像画
Wp_20150903_16_07_12_pro ↑48代目が誡子書(諸葛亮が子孫に宛てて書いた教え)を書いているとのこと
Wp_20150903_16_05_17_pro ↑中には前出師表なども

村にはいくつか展示施設があり、諸葛亮以降の子孫の系譜やゆかりの品の展示のほか、漢方に使える動植物、酒の造り方など、郷土風俗的な展示もある。

Wp_20150903_15_48_26_pro ↑横山三国志でもおなじみの四輪椅子。記念撮影に使える。
Wp_20150903_17_11_02_pro ↑連弩(レプリカ)。なお村では道端で連弩型のおもちゃを売っているのをよく見かけた。
Wp_20150903_16_54_40_pro ↑なぜかセンターを飾る日本語の書籍
Wp_20150903_16_51_20_pro ↑三顧の礼

村内はこの地方の伝統様式であろう白い壁と黒い屋根の建物が多く並んでいる。
新しい建物もこれにならって建てられており、よく調和が取れている。

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Wp_20150903_16_22_53_pro ↑諸葛郵便局……はおそらく特に由緒があるわけではない普通の郵便局

6時近くなるとお腹がすいたので、村内で夕食を取ることに。

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右下の紅焼土鶏は味付けにクセがなく、おいしかった。
上海とか蘇州とかの料理は甘いのなんのって。
骨ばっているので見た目ほど可食部は多くない。

Wp_20150903_17_55_39_pro ↑このロケーション
Wp_20150903_18_40_10_pro ↑夜になるとまた違った趣がある

なお、宿をとった蘭渓汽車西駅へのバスは6時で終わってしまうそうのだそう。
泣く泣く闇タクを使うことになるという孔明の罠がこのあとにあった。


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