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2017年5月28日 (日)

アナログゲームとデジタルゲームの翻訳

『翻訳通訳研究の新地平』という本を読んだ。
どこで紹介されていたのかは覚えていないが、翻訳・通訳の研究に関する本ということで興味がわいて手に取った。

本書は複数の研究者の翻訳通訳に関する講演や論文をまとめたオムニバス形式の研究書で、
第1章「字幕翻訳の挑戦」、第2章「国家戦略と翻訳通訳」(デジタルゲームローカライズと機械翻訳)、第3章「戦争と言語」(戦時中の従軍通訳など)、第4章「翻訳通訳教育の最前線」という構成になっている。
第2章の内容は私が普段の仕事中で触れる内容にも近く、共感や知識の補完をしながら読むことができた。
一方で、第3章は私とはまったく縁遠い内容に触れられており、知らない世界をのぞくことができた。
第1章は硬派な内容であるが、映画の字幕を題材に扱っているので、映画ファンであれば膝を打つ箇所があるだろう。
第4章、中でも「翻訳通訳リテラシー教育のすすめ」と題した論考は、翻訳者ではなく翻訳サービスの利用者を含めた一般の人々を対象読者として想定している点で、他のセクションとは毛色が異なっている。

さて、第2章の論考「『クールジャパン』を支える翻訳」では、デジタル翻訳の特異性が紹介されている。
翻訳時に全文脈を参照できるわけではない、文字制限が厳しい、翻訳品質が必ずしも売上に直結するわけではない、などだ。
これを踏まえて、デジタルゲームと比較したアナログゲームの翻訳の特徴を3点に分けて整理してみようと思う。

1.クライアントと原文の作成者が異なることがある
デジタルゲームの翻訳の場合、翻訳サービスを利用するのはゲームのパブリッシャー、ディベロッパー、またはローカライズのコーディネーターであり、
多くの場合、翻訳サービスのクライアントと翻訳元のドキュメントの作成者を同一視できる。
一方で、アナログゲームの場合は必ずしもそうではない。
小売店が海外製のボードゲームに独自の和訳ルールを付けて販売する場合だ。

翻訳者が翻訳作業を進める過程では、問題が発生することが珍しくない。
原文の解釈に困る、原文に明らかな誤りが含まれる、などの状況がしばしば起こる。
この場合、クライアントが原文作成者であれば、解決のために迅速なコミュニケーションを図ることができる。
しかし、これが異なる場合はそうはいかない。
この点で、デジタルゲームの翻訳とは異質な困難が存在するといえる。

2.より産業翻訳に近い
一般に翻訳は、その対象文書の内容に応じて、大きく「文芸翻訳」と「産業翻訳」に分かれる。
小説や映画の字幕などの文芸作品を訳すのが文芸翻訳で、契約書、会社説明、家電製品のマニュアル、ソフトウェアのUIなどビジネス向けの文書を訳すのが産業翻訳だ。

デジタルゲームでは、翻訳すべきドキュメントは、アイテム・キャラクター・地名などの固有名詞、キャラクター同士の会話、モノローグ、操作説明、UIなど多岐に渡る。
ソフトウェアの翻訳なので、どちらかといえば産業翻訳に分類されるのだが、産業翻訳の中ではかなり文芸翻訳に寄っている。
特にゲームの世界観やストーリーに関する部分の翻訳には、高度な創造性が要求される。

一方、アナログゲームで翻訳の対象となるのは、TRPGや一部のストーリー性が高いボードゲームを除いて、説明書が主体となる。
説明書には平易で正確な表現が要求されるのであり、どちらかといえば産業翻訳の分野だ。
したがって、産業翻訳の世界では一般的なTradosなどの翻訳補助ツールの使用を、アナログゲームの翻訳でも考慮できる。
カードの特殊効果が多いなど、似たような構造の文章が繰り返し登場するゲームの翻訳では、Tradosのような翻訳メモリを使用するツールを使えば作業をかなり効率化できるし、
XbenchのQA機能のような校正ツールを使えば、ボードゲームでは致命的な、原文と訳文の数字の不一致を発見しやすくなる。

3.原文に高い正確性が要求される
特徴2で述べた通り、アナログゲームの翻訳対象は説明書がメインだ。
デジタルゲームの場合、操作方法の記述やその翻訳が多少いい加減でも、処理はコンピューターが自動で行うので、
何とかなってしまうことも多い。
しかし、プレーヤーがすべて処理しなければならないアナログゲームではそうはいかない。
したがって、アナログゲームの説明書には高度な正確性が要求される。
もちろんその訳文も同様だ。

ところが、ボードゲームプレーヤーがしばしば不満を口にしているように、
ボードゲームの説明書はわかりやすいものばかりではない。
これは、特にライティングの経験が浅い新興の出版社やサークルで問題となる。
翻訳元の文書が難解であれば、それを翻訳した文書も当然難解とならざるをえない。

しかしながら、多くの場合、難解な訳文の責任は翻訳者に帰せられがちだ。
これは、冒頭にあげた本の第3章において報告されている、従軍通訳者が植民地の住民の憎悪の対象となりがちであるという状況に似ている。
原文が難解であれば、クライアントとのコミュニケーションにより解決するのが通常取るべき方法であるが、
それが必ずしもできるわけではないのは特徴1で挙げた通りであるし、
クライアントがこの手のコミュニケーションに慣れていない場合もある。
翻訳者は当然、翻訳作業に全力で取り組むのであるが、その成果物の品質は、原文の品質やコスト、納期などを含めたクライアントの協力度にも大きく依存するのである(※)。


以上、デジタルゲームと比較したアナログゲームの翻訳の特徴を3点にまとめた。
アナログゲームの現場で、一般的な産業翻訳サービスがどの程度活用されているかはあまり存じないのだが、
私の観測した範囲ではそのような例は決して多くない。
この理由を推測すると、翻訳サービスを恒常的に利用している業界に比べて、アナログゲーム業界は市場が小さく、
個々の事業者が翻訳サービスを利用するだけのコストを負担できない、というものが挙げられる。
究極的には、アナログゲーム業界の各事業者が翻訳にどの程度のコストをかけられるのかという話になるのだろうが、
これは翻訳業界の事業者がどの程度の報酬でどの程度のサービスを提供できるのかという話でもある。
翻訳者である私としては高報酬と引き換えに高品質のサービスを提供できれば最高なのだが……。


(※)ところで、クラウドファンディングで資金を集めてボードゲームを作り、
さらにそのゲームを国外展開するためにみずから他言語訳を作りたい、という場合はなかなか厄介な問題をはらむ。
通常、クラウドファンディングのプロジェクトに投資するのは国内の消費者であるから、
たとえ資金集めに成功したとしても、クラウドファンディングで集めた資金の大部分はコンポーネントのグレードアップなどに使われることになる。
最初から「外国語版制作プロジェクト」として投資を募っている場合を除き、集めた資金のうちで翻訳のためのコストとして使用できる割合はそれほど多くないのだ。
その結果、コンポーネントは非常に豪華であるにもかかわらず、それに付された他言語版説明書の出来が非常に残念である、という状況は当然に発生し得る。

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