【書評】『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』
近年、AIに関する話題をよく聞く。
AIによって仕事が奪われるだとか、シンギュラリティーが20XX年に到来するとかいった具合だ。
翻訳もAIの活用で一定程度自動化できることが見込まれているらしく、翻訳者である私としては心中穏やかではいられない。
筆者によれば、AIによってホワイトカラーの労働環境は間違いなく大きく変化する。
1990年代から始まり、約100年かけてトヨタやパナソニックといった日本の最先端工場でほぼ確立されたオートメーションによる変化がホワイトカラーに対しても起こるのです。しかも、20年くらいに圧縮して。それは人類がこれまで体験したことのない変化です。(p.77)
しかしながら、すべての仕事がAIに代替されるのかといえば、そういうわけではない。
AIは自分で考えることができないからだ。
AIが扱うことができるのは論理・確率・統計の三つのみであり、これらで表すことができないこと、たとえば「氷は冷たい」といった常識を扱うことはできない。
AIに常識を教えたければ誰かがいちいち「氷は冷たい」「夏は暑い」といったことを教え込む必要がある。
Siriに「愛してる」などと言うと気の利いた答えが返ってくるのは、誰かがそのように答えるよう教え込んでいるためであって、Siriがウィットに富んだ頭脳を持っているわけではない。
自分で考えることができないのだから、シンギュラリティー、すなわちAIが自律的に自身よりも能力の高いAIを作り出すことのできる段階は来るはずがない。
筆者によれば、これはAI研究者の間では常識となっている。
本書は全4章中2章をかけてこの基礎的な事実を説明している。
しかし、シンギュラリティーが到来することはないとはいえ、AI技術の開発が進んでおり、我々の労働形態に大きな影響が及ぶことはほぼ間違いない。
AIはすでにMARCHレベルの大学に合格できる段階にあるのである。
今後、AIにできる仕事はAIが担うようになるだろう。
それでは、「AIにできる仕事」とは一体何なのか。
それに関連した第3章が本書の白眉だ。
この章では、筆者たちが主に中高生を対象に実施した「基礎的読解力調査」の調査結果がまとめられている。
その結果が非常に衝撃的だ。
AIでもある程度正答できている「係り受け」「照応」のテストは人間でもおおむね正答できる一方で、AIは不得意な「推論」や「同義文判定」は人間でもそれほどよく答えることができないというのだ。
AIにできるようなことしかできない人がそれなりにいるということであり、将来的にそのような人が就ける仕事はブルーカラーぐらいしかなくなってしまう。
さらに悩ましいのが、読解力を向上させるための決定的な処方箋が見つかっていないことだ。
筆者たちの行ったアンケートによれば、読書の好き嫌い、得意教科、新聞購読の習慣などは読解力とはあまり相関がなく、唯一、貧困が読解力に負の影響を与えている可能性が指摘できるのみだ。
なお、これまた調査によれば、読解力は中学生の間は平均的に向上するが、高校では向上が見られない。
したがって、大人になれば自然に身につくというものでもなさそうだ。
これはSNSで他人の投稿を歪曲して理解している人が散見されることを考えると、納得できる。
AIが完全に人間社会を牛耳るレベルまで発達することはないが、
AI並みの読解力しかない人間は意外といる。
そのような事実を前に、私たちはどうすればいいのか。
筆者は次のように述べている。
AI時代の先行きに不安を感じ、起業に関心のある方は、是非、世の中の「困ったこと」を見つけてください。そして、できない理由を探す前に、どうやったらその「困ったこと」を解決できるかを考えてください。デジタルとAIが味方にいます。小さくても、需要が供給を上回るビジネスを見つけることができたら、AI時代を生き残ることができます。そして、そのようなビジネスが増えていけば、日本も世界も、AI大恐慌を迎えることなく、生き延びることができるでしょう。(p.281)
私としてはこの主張にはあまり説得力を感じないのだが、それはおそらく、AIに影響を受けるのが主に低読解力≒低偏差値グループの人々であり、
これらのグループと起業を目指す考え方がそれほど親和的であるようには思えないからだ。
筆者は本書中でベーシックインカムにさらっと触れて流している。
しかし、AIの活用が進むにつれて格差社会化はますます進展すると思われ、
そのような社会においてはセーフティーネットの拡充が不可欠であるように思うのだ。
そして、セーフティーネットが拡充されるということは、挑戦して失敗してもある程度の生活が保障されるということであるから、起業促進との親和性が高い。
これは本書の主題ではまったくないが、ベーシックインカムの導入はしばらくホットな話題であり続けるのだろうと思う。
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