カテゴリー「書籍・雑誌」の36件の記事

2018年11月 8日 (木)

【書評】『誰もが嘘をついている』

近年、「ビッグデータ」という言葉がしきりに喧伝されている。
しかし、データは集めるだけでは意味はない。
ビッグデータの効用を理解し、使いこなしてようやく意味を成すのだ。
本書を要約すると以上のようになる。

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2018年10月14日 (日)

【書評】『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』

エロ、芸能ゴシップ、そして健康、こういった話題は誰にとっても気になるらしい。
電車に乗れば、週刊誌の広告でその手の記事の煽情的な見出しがあふれている。

健康に関していえば、「〇〇で簡単にやせる」、「1日〇個の××で毎日健康」などといった話題はテレビの定番である。
しかしながら、その手の話題のいったいどれほどがエビデンスに基づいた話なのか。
信憑性を持たせるために医者の先生がもっともらしく解説していることもあるが、果たしてその話は学会内でどの程度支持されているのか。
巷にあふれる怪しげな健康論にメスを入れ、徹底してエビデンスに基づいて健康にいい食事を解説しているのが本書である。

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2018年8月 1日 (水)

【書評】『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』

近年、AIに関する話題をよく聞く。
AIによって仕事が奪われるだとか、シンギュラリティーが20XX年に到来するとかいった具合だ。
翻訳もAIの活用で一定程度自動化できることが見込まれているらしく、翻訳者である私としては心中穏やかではいられない。

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2018年7月 8日 (日)

【書評】『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』

近年、中国関連の書籍は反中テイストのものがよく売れるのだそうだ。
そのため、書き手の質やポジションにかかわらず刺激的なタイトルや表紙のものが書店にあふれている。
日本人が反中的である程度は、中国人が反日的である程度をはるかに上回っているのではないかと感じるほどだ。
一般書でも書名や表紙で内容の良し悪しを判断するのは難しいが、中国関連書籍の難しさはそれを上回る。
したがって、最近は著者の名前で買うことが多い。
新しい出会いがなくなるので寂しいのだが、数千円を課金して何が出るかわからないガチャを引きたくはない。
本書の著者、安田峰俊氏は過去にも『和僑』や『境界の民』といった良質なルポを出しているため、大外れすることはないだろうと安心して購入した。

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2018年6月25日 (月)

【書評】『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ』

この本を知ったのは何かの書評を通じてだったと思う。
その書評には、「鳥類学者が書いたエッセイは面白い」といった内容のジンクスが書かれていたように記憶している。
もちろんそこにはなんの因果関係もありゃしない。
しかし、同じく鳥類学者が書いた『ダチョウ力』も面白かったので、その主張に根拠のない説得力を感じて本書を手に取ったのだ。

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2017年8月 6日 (日)

【書評】『外来種は本当に悪者か?』

グローバル化の進展による弊害のひとつとして、外来種の侵入というものが挙げられる。
人間同士の世界的な交流が増えると、動物や植物の移動も頻繁になり、結果としてある地域に本来はいないはずの種が定着するということが起こるのだ。
日本にはブルーギルやアライグマなどの外来種が入ってきているし、一方で日本産のイタドリやワカメなんかは海外で猛威を振るっている。

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2015年6月20日 (土)

【書評】境界の民

安田峰俊氏といえば私が初めて読んだのは『独裁者の教養』でした。
8人の独裁者についての伝記と、地図に載っていない「独裁国家」であるワ州への潜入記が大変に面白かったのですが、
一方で展開されていた加藤嘉一氏への批判が不要なのにわざわざ書いたように感じられました。
この加藤氏批判が引っかかってしばらく安田氏の本は避けていたのでなぜこの本を買ったかよく覚えていません。
Twitterの誰かのツイートだった気はしています。

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2015年5月11日 (月)

【書評】茶の世界史

最近、中国茶の勉強をしておりますので、読んでみました。
中国や日本のお茶が欧米に受容されていく過程と共に、「当初は『文化』の側面が注目されていたお茶が次第に『商品』として扱われるようになっていった」という筆者の主張が述べられています。

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2013年9月29日 (日)

【書評】『台湾の歴史』

今年の始めにあったWBC(ワールドベースボールクラシック)は3大会連続の優勝を逃すという惜しい結果に終わってしまいましたが、台湾戦は非常に良い試合でした。 日本がなんとか逆転勝利を収めることができましたが、日本・韓国に続いてアジアの野球のレベルが上がっていくことが感じられる大会でした。 この大会(とマニー・ラミレス来台)のおかげで、今年の台湾球界は数年前の野球賭博事件で失った人気を取り戻しつつあるようです。

さて、そんなWBCの台湾戦ですが、試合外でも注目を集める出来事がありました。
東日本大震災の際に台湾が寄付を送ってくれたことに対する横断幕を観客が掲げ、それに対して台湾の選手がお辞儀で応えた、というものです。
この出来事は美談として、TwitterなどのSNSで話題になり、台湾に感謝を示す書き込みをよく見ました。

しかしながら私はこのSNSでの反応に何やら違和感を覚えました。
原因をたどってみるに、違和感の正体は「現在SNSにあふれている親台湾的な言動は、反中国大陸の裏返しなのではないか」というところに行きつきました。
つまり、「私は中国大陸が嫌いで、台湾は中国大陸からいじめられている。ということは台湾は日本の仲間だ」というロジックが無意識のうちに働いているのではないか、ということです。
台湾のことをよく知らないまま、「敵の敵は味方」の論理だけで「台湾大好き!」などと言っているとしたら、その親台感情は案外ぜい弱なのではないかなあ、と思います。
ということをLang-8に書いたところ、台湾の方が、
「これまでに会った日本人の半分は台湾を知らなかった。初めて知らないといわれた時はショックだった」
とコメントしてくれました。
確かに以前の日本人の認識はそんなものだった気がします。
かくいう私も中国に来て1年くらいは台湾と香港をごちゃ混ぜにしていましたし、これは台湾のことを勉強せねばと痛感して冒頭の本を読みました。

台湾の対日感情が良好なのは、植民地時代の日本の統治が良かったからだ、という説明がなされることがありますが、これは正確な説明では無いように思います。
日本が統治を開始した初期には大きな抗日運動も発生していますし、その際には日本人とともに多数の台湾人も死んでいるようです。
事件の処理にあたっては本国からも非難されるほどの処分が運動にかかわった者に下されたようです。
差別的な取り扱いも恒常的にあったようなので、特に日本統治初期に物心ついていた台湾人には日本を快く思っていない人も多かったと思われます(もっともこの世代は、現在はほぼ寿命を迎えているでしょうが)。

統治後期の皇民化政策はずいぶんうまくいったようで、1942年に行われた第1回陸軍志願兵の募集では、42万人以上が申し込んだほどだそうです。
このころに従軍していた人たちはほとんどが現在は80から90代になっているでしょうか。
この世代の対日感情は悪くないようですが、戦後に生まれた世代は日本統治時代の教育を奴隷化教育として否定されているので、親世代と社会との矛盾から複雑な感情があるようです。

本書では、1987年に戒厳令が解除され、中国共産党との戦争状態が解けてからの、民主化や現在の一国二制度体制ができる過程は描かれていないため、現在の若者世代の対日感情がどのように形成されているかはよくわからないところがあります。
先日、台湾出身の人に聞いたところ、J-POPなどのサブカルチャーの影響が大きいと言っていましたが、だとすれば政治的な要因で容易に悪転しえますし、また中央と地方でも差がありそうです。

尖閣諸島の問題では台湾当局も日本の主権を否定していますし、日台漁業協定は漁民の間での争いを引き起こす可能性があります。
このような火種がある中で、「台湾は親日」という幻想にあぐらをかいていると、いつか痛い目に遭うのではないかと懸念しています。

2013年4月21日 (日)

【書評】『食の終焉』


食の安全の問題というと、何を思い浮かべるでしょうか。
安全性の低い農薬を使った中国産野菜や、メラミン入り牛乳、あるいは牛肉の産地偽装あたりを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
この手の事件が騒がれるたびに、国産野菜を買おうだの、トレーサビリティが大事だの、個別の処方箋が示され、実際にそれなりの改善を見るように思います。
しかしながら、本書ではそれらの個別な問題より視野を広げ、マクロな問題を提示しています。

筆者は本書中で、食の供給が、生産から卸売業者、小売業者、食品加工業者などを巻き込んで、消費者に届くまでが鎖のようにつながっており、1つのシステムのようになっていることを示します。
筆者はこれは「食システム」と呼びます。
そして、この食システムがいつ崩壊してもおかしくないということを1つ1つ述べていきます。

例えば、現在食肉の供給が逼迫していることです。
特に発展途上国が豊かになり、食生活が欧米化していることが不安の種の1つになっています。
農産物の生産も同様で、農地不足を補うために世界各地で森林が焼き払われているといったことが示されています。
この手のマルサス的な、つまり人口は等比数列的に増えるが、食糧は等差数列的にしか増えないから食糧は将来的に不足するはずだ、といった懸念に対しては、次のような反論が示されることが多いです。
つまり、人間は人口を増やしてから食糧を確保するのではなく、食糧を確保してから人口を増やすのであるから、食糧不足にはならない、と。
しかしながら、食システムの崩壊という観点からみると、この反論の妥当性は怪しくなります。
食糧が確保できたと思っていても、それは例えば鳥インフルエンザや農地の土壌流出による生産性の低下などによって容易に失われうるからです。
グローバル化によって食システムが1つにつながった状況下では、日本にいるからといって中国の鳥インフルエンザは無関係でいられるわけではないのです。

筆者も食システムの崩壊という懸念への抜本的な対策を示せているわけではないですが、1つの方法として、地産池消を提唱しています。
日本の食糧自給率に関する議論を思い出させますが、日本の議論は主に外交的な要因で輸入ができなくなることに基づいていました。
筆者の視点はこの議論に新たな材料を提供したことになります。

筆者は、問題の本質は食というものが市場原理となじみにくいものであることにあると指摘します。
消費者は1円でも安いものを買おうとするので、小売店や生産者など各プレイヤーが効率化を図ってコストを下げる努力をし、その結果、ギリギリのところで成り立っている食システムが築き上げられてしまったのである、と。
納得できることではありますが、それでも私は市場の内部で解決できないものか、と固執してしまいます。
スーパーに行けば、安全性に疑問を持ちながらも、まあ大丈夫だろうと思い込んで1円でも安いものを買いますし、20、30年後も同じように安全な食品を売っているかのような根拠のない考えを持ちます。
結局何をすればよいかがわからぬままです。

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